pi7ts’s blog

読み辛い・推敲もない

好きだから勝手にやってしまうんだっていう状態を維持してたい
「好きだから」というのを原動力でいたい
見つめるのは他人の反応ではなく
私が前の私よりうまくできたかを見つめていきたい

いまわりとそれが維持できている感覚で、こんな文章書いてる割に落ち着いてるんだけど
急に吹き出すしんどさというか
見る人が少ないなら何やっててもいいな、という開放感のあるときと
少ないのに頑張って作ってわざわざインターネットに上げる意味はあるか?と
承認欲求満たされない感で苦しくなるときと、色々ある
承認欲求が悪いとは言わないけど
かまって欲しい欲求のが勝るならなにもかもやめてしまいたい
好きだから勝手にやってるんだを維持できないなら

ただジャンルはまっておそらく二年以上たったのに安定のぼっちで遊んでるから
もうかまって欲求が勝つようなことはあまりないと思いたいね
承認欲求はあるだろうけど私の承認欲求割と簡単に埋まるので大丈夫でしょう
自分のダメさにうだうだするはあるけど

まあやるたびに減っていくとかなったら
さすがにこれはおかしいなとか意味はあるのかと悩むだろうけど
でも色々考えて見つめて好きを出力して結果いまいちだったりしてもいいから
よくわからんものでもいいから作っていけたらいいな
それが私が楽しくて、好きなジャンルに人に迷惑をかけないものならいくらでも

コミュニケーション取らないしとれないし、
私がコミュニケーションとりたいのなら自分から行かないと駄目だと思うんだけど
最初の挨拶だけしてあんまり絡まなかったとか
だんだん思考がずれていったなとか
気になる部分が出てきて見るのが辛くなったなとか
逆に私の思考にずれが起きてて相手に嫌われてしまったかなとか
私のクオリティが下がって駄目なのを見抜かれたのかなとか
色々いらないこと考えちゃうから二の足踏みまくり
そもそも反応してもらえるか謎だからそこが一番怖いな
自分から行くべきなんだけどな
途中で面倒になっちゃうのが本当になんてダメなやつなんだろうと思ってうんざりする

何か作れたところでモノにはピンからキリまであるので
私は何か言葉で伝えられるほうがすごいと思っているけど
こう、社会をいきる人間としてそのスキル無駄じゃないじゃん…何かしらモノ作れても質が悪いなら存在はゴミのように無駄になるんだよ
なんて思いますが
結局は言葉で伝えるのにもピンからキリまであって私がもし言葉で伝えるのが好きな人間だったとしても自分はクソだ無駄だと思ってるんだろうな

何か作れるってすごいみたいなの見ると、分かるんだけど、そこに安心したくない気持ちがあって、なんだろうな
やっぱり無駄にプライドが高い
プライド消し去ったところでやりたいこともないけど

コミュニケーションがまずとれない
言葉で言うの苦手というか言うことがない
ネガティブな事以外無い
高尚気取った人間みたいになりがち
ネガティブな事以外言うことがないことに気が付いたの日記を書き始めてからだ
当たり障りがないようにしたら特にない
頭の中でひたすら考えたらそこで終わる
答えがでなくて腹が立ってくるので別のことをする
何か作る、作っているときはそのことに集中できる
まあもののクオリティにイライラはするけど
何か作ること自体が現実逃避でうんざりする

ものにこの人間性が現れてないのを願うばかり
人間性がでてて面白ければな
半端な闇は毒にもならない(歌詞の引用)ので

でも最近は何も思い通りにいかず何かしようとしても出来ず
本気で何もしないをしたら一瞬で休み終わった
頑張って生きる気も技術を自分を磨く気も未来を考える気も過去を悔やむ気も他人のことを熱心に考える気も起きない
何もかも思考がツルツルした面の上を滑っていってどこかに消えて行ってる感覚がする
前は考えようとしたらもやがかかったようでかんがえられなかったのに
消えていくのも不快だ
ここに愚痴を書く気は起きたから書いた

何かうまく行かなくて
いわゆるインプット
見る受け入れるだけの行為をしていると
自分の好きな感じに作ってくれる人とかめっちゃ上手い人とかが普通に存在するから
私は作らなくても良いなあみたいな気持ちになる

ただ私が今みたいときに、新しいものが知りたいときにその人達が作ってくれる訳ではないので
わたしの欲求とタイミングがあわない時はあるから
その時は自分で作れたら早いから自分でつくる行為をする
あとはなんか最高~超好き~と思ってたのに作品消されたりアカ消えてたりすることもあるのが恐怖
もう保存するようにしたから諦めつくけど
見直そうと思ったら消えてるとか悲しい
何故消すの…と思うけど正直理由は別にどうでも良い、消すのはその人の自由だから
聞いたところで私は理解できても共感できないだろうし
でも見てる側として消える可能性考慮しとかなきゃ駄目っていう
そうするとますます自分でいつでも産出出来たら良いんだよね、いつでも欲求を満たすことが出来る

改めて考えてみたら欲求を満たしたいって
ただの自慰行為でしかなかったこれ
それを全世界に公開してるのかあと思うと恥ずかしくなってきたけど
なんというか好きな感じにうまく行く方が少ない、実力が無いから
だから満たされない
だからうまくなりたい
うまくなりたいという気持ちがあるなら人に見てもらうべきというのを見て
それは何となく分かる気がして
出してみてるけど
そえするとありがたいことにほめてくれる人も居たりして、やっててもいいのかな、存在してもいいのかなみたいな
自分の欲求と承認欲求が同時に満たされるので公開してしまうのか

私が見たときに上手いなあと思う人はやっぱりみんなもうまいと思っていることは多い
評価数に差がある事はあるけど、少なくとも評価ゼロということはない

もうちょっとうまくなってくれたら私の神なのに私はどうしてなかなかうまくならないんだろう
うまく作れないときや苦手を克服するために頑張っているときは
利き手じゃない方で箸を使って豆をつかむ練習をしているような
体も脳味噌も慣れないことをしているような感覚で微妙にしんどくて単純に楽しくない
しかもバカみたいに時間がかかって恐ろしく目も手も頭も疲れる
乗り越えないとうまくならないのにそこが頑張れないから下手のままで最初に戻る

かなり巨大な虎の威借りてるジャンルメインのとこと
昔から使ってて内容雑多かつ一年に数回更新すれば今年はよく活動したな感のあるとこがあって
なんかもう見てくれる人は五十倍は違うし反応だけならもっと差がある
たまに見てくれる人が居るので見てくれる人が居るんだなあと思わされたりするくらい静か
中身は一緒だしクオリティなんて差が出来ようもなく、作ってるものの差なんてジャンルしかない
そもそもが少なかったから余計に気分的にたくさん見られるんだなあと感じてる可能性は高いから実は少ない方かもしれないけど
私はこの昔からのとこの静けさが本来の自分である事(それすらもジャンルの足場があるという事)を根に刻んでおかなきゃなんだなあと思った
ひさしぶりに動いたらすごい静かで、ああそういえばこれくらいだったなあと
上を見てもいくらでもいるし下を見てもいくらでもいる気がするけど
一瞬ああ、みてもらえないか、全然違うなっておもったけどそれがそもそも勘違いだ

なんか

自分の作ったもの、
悪くないじゃん私は好きという時と無理ダサい下手くそ有り得ない嫌いというときがあって今ちょっと後者
素人くささから抜け出せない、素人だけど
時間はかかるわりに完成度が低い雑
思ったようにならないから異常に時間がかかる
時間かかったら良いというわけでもない
心情的に頑張ったのになあが残って憂鬱

技量がたりない
ならまだ伸びると思ってやっていけるけど
もしかして壊滅的に致命的に生まれ持ったセンスがゴミならどうしよう
好きでやってるけど哀れで余計嫌いになってきちゃう
他に何もないのにな

正しさがわからない
頭を悩ませる内容についてのどんな意見をよんでもしっくりこない
自分で見つけるしかない
自分のこともわからないのに自分で見つけるしかないのしんどいなあ
ある程度決まってるような気がするのにはっきりさせられない
人の意見見れば見るほど憂鬱